遠寿院

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荒行僧の法楽加持

論文 『荒行僧の法楽加持』
戸田 日晨(正中山遠寿院住職 荒行堂傳師)
国立劇場第一二回音曲公演解説書掲載
一九九四(平成六)年四月(日本芸術文化振興会)
【 英訳(English) 】

荒行僧の法楽加持 日蓮宗において、その根幹を成す行法は、「南無妙法蓮華経(法華経に帰依するの意)」の唱題修行であることはいうまでもない。更に、法華僧の修行は、堂宇内で専修する唱題行のみならず、本来山門外での折伏布教が中心であった。それと同時に、深山険路に回峰し、滝修行を始めとする僧自身の験力練磨のための修験行法を修することも法華行者の伝統的修行法なのである。江戸期にあっては、日蓮宗内各門流に法華修験の行法流派が誕生し、その隆盛をみた。

 正中山遠壽院(しょうちゅうざんおんじゅいん・千葉県市川市)では、三代住職日久(にちきゅう)上人が元禄年間(一六八八~一七〇四)一千日の荒行を満行し、百日荒行の行法次第を制定し、荒行満行者に伝授する「祈祷相伝書」を結集大成して「遠壽院流(中山流)」祈祷法の礎となったのである。


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荒行僧の法楽加持 当流の行法の特徴は、「荒行堂」という行法聖域を特定し、結界の中に参籠して修行することである。今日、日蓮宗各所において開設される荒行道場は、全て戦後の設立であるが、その内容は「遠壽院流」の踏襲であるといってもよい。

 荒行僧は剃髪し、清浄衣(しょうじょうえ)という麻の袈裟衣(即ち僧侶の死装束である)を着して毎年十一月一日に荒行堂の瑞門(ずいもん)をくぐると翌年二月十日の満行まで、一切俗界との縁を断たねばならない。日々の修行日課は厳格であり、午前三時の水行に始まり、深夜十一時まで一日七度の水垢離をする。その他の時間は鬼子母尊神を奉安する読経堂に端座して法華経読誦三昧に入る。食事は一日二食であり、五分搗(つ)き粥と味噌汁といった精進食であることはいうまでもない。睡眠時間は三時間弱という常人には耐え難い行ではある。しかし行僧は水行、読経と「行」に専心し、専進潔斎することにより体質が改善され、声道が鍛えられ念道が開発され諸霊気との感応が強化されるのである。

 欲望の根幹である自己の肉体を死に至らしめるに近い「行」を課すことにより、懺悔滅罪の念が自生し、神仏との感応道交(どうきょう)を実現するに至ることが、荒行修行の重要な目的である。


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荒行僧の法楽加持 さて、神仏との感応という高次元での話は別の機会にゆずり、「霊気」というものにも諸段階がある。「怪病(けびょう)」即ち人々に傷害をもたらしたり、憑依をなす邪霊気(邪気)と呼ばれるものがそれである。そして、このような邪気を退散し、教化得道せしめたるための加持祈祷を修することが法華修験僧の重要な使命でもある。その祈祷法は荒行中に相伝される。この祈祷に使用する法具が剣形の「木剱(ぼっけん)」であり「楊枝(ようじ)」ともいわれ、「木剱加持」、「楊枝加持」と呼ばれている。「剣形」に象徴される法具は日蓮宗修法に留まらず、修験道、神道行法を通じて重要な意味があり、行者の念力放射という加持祈祷を修する場面において、最も多く使用される祈祷法具である。

 「遠壽院流」においては、二十三代住職妙龍院日逞上人によって嘉永年間(一八四六~五四)に制定された「七本木剱」の相伝があり、七種類の剣形楊枝を用いてそれぞれの霊障に対応するようになっている。とりわけ最も多用されるのが六寸木剱であり、万用に使用されている。

 この木剱は、曼陀羅形式に加持要文が記されている。即ち木剱は、祈祷行者にとっては単なる法具ではなく、行者擁護(おうご)、衆怨退散の法剣であり、衆生救済の菩薩の利剣であり、行者の生命であるといえる。


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荒行僧の法楽加持 木剱の材質は当初(江戸初期より中期まで)は「ぬるで(勝軍木ともいう)」が用いられた。その後「柊(ひいらぎ)」が多用され、今日では「棗(なつめ)」なども使用される。この木剱に念珠を重ね合わせて、口には「祈祷肝文」という法華経より選出した九字要文を誦し、木剱によって独特な「九字」を切りながら加持祈祷を修するのである。

 この木剱加持の作法、次第も多様であり、邪霊気教化退散のための「調べ加持」の時には、病者の身体要所を押したり、摩擦をして霊気を「引き取る」方法などさまざまであるが、通常祈祷を修するときは、木剱に念珠を重ね合わせ、打ち鳴らしによる衝撃音を連動させながら修法することになっている。

 「祈祷」は天下泰平、国土安穏を念ずる国家祈念の祈祷と、先に述べた霊気退散、当病平癒、諸尊開眼などの個人祈念の祈祷に大別されるが、いずれにしても行者擁護の鬼子母尊神の加被力(かびりき)を行者自身が信念をもって魂と感応し、そこから生ずる大慈悲心による験力を発揚することにより、初めて成就されるものであって、そこには心の曇りが一片たりとも有ってはならぬものである。


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荒行僧の法楽加持 さて、荒行中に修得した木剱加持を、荒行僧総出仕のもと参詣人に対して執行する祈祷法座が「法楽加持」であり、善男善女の無病息災、除災得幸等を祈念するものである。苦修練行の成果である力強い読経と木剱祈祷の迫力は、祈祷を受ける人々に福不可量の念を生ぜしめると同時に、心身共に感動を与えずにはおかないものがある。

即ち、法華行者の「身、口、意」の三業を最も躍動的に体現したものが、荒行僧の加持祈祷といえるであろう。

論文 『荒行僧の法楽加持』
戸田 日晨(正中山遠寿院住職 荒行堂傳師)
国立劇場第一二回音曲公演解説書掲載
一九九四(平成六)年四月(日本芸術文化振興会)

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